本庄町(読み)ほんじようまち

日本歴史地名大系 「本庄町」の解説

本庄町
ほんじようまち

[現在地名]佐賀市末広(すえひろ)一丁目

長瀬(ながせ)町の道路標に、南をさして「いさはやとかいば」とある。長瀬町から南下して現国道三四号を越え、道祖元(さやのもと)町の西端から本庄江(ほんじようえ)に沿って南西に延び、船着場の厘外津(りんげつ)に至る町が本庄町である。嘉永七年(一八五四)の竈帳によれば、実竈数八〇で空屋敷などの休竈が二二もあり、人口は男二二八人、女二一九人、計四四七人。職業は日傭取一四竈、炭薪屋が七竈。城下の町外ということと、下今宿(しもいましゆく)町が佐賀江の舟運を利用して炭薪屋が多かったように、本庄江の舟運を利用しての炭薪屋が多いのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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