本江下新村(読み)ほんごうしもしんむら

日本歴史地名大系 「本江下新村」の解説

本江下新村
ほんごうしもしんむら

[現在地名]富山市本郷新ほんごうしん

いたち川左岸に開け、北は大泉おおいずみ村。富山城下大泉口から出た亀谷かめがい往来が通る。本郷下新村とも記される。江戸初期は加賀藩領、万治三年(一六六〇)の領地替で富山藩領となる。正保郷帳では高二九石余、田方一町九反余。明暦二年(一六五六)の村御印留では草高一〇二石、免三ツ六歩。寛政二年(一七九〇)の高物成品々手鏡では本郷下新村とみえ、古高九二石余・定免三ツ六歩五厘、新田高二三石余・平均免一ツ二歩八厘余、銀納林一千五〇〇歩、定小物成銀は四匁余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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