本銀町三丁目(読み)ほんしろがねちようさんちようめ

日本歴史地名大系 「本銀町三丁目」の解説

本銀町三丁目
ほんしろがねちようさんちようめ

[現在地名]中央区日本橋本町(にほんばしほんちよう)四丁目・日本橋室町(にほんばしむろまち)四丁目

本銀町二丁目の東に続く。南は本石(ほんごく)町三丁目、北は蔵地。東の本銀町四丁目との境で神田堀に架かる東中之(ひがしなかの)橋がある。安永三年小間附町鑑では京間八〇間、公役金を負担する。名主は本銀町一丁目と同じ。「江戸惣鹿子名所大全」には目医師笠原養琢、分銅彫物師後藤四郎兵衛があげられ、文政七年(一八二四)の江戸買物独案内には東叡山御用神仏具一式の万屋半兵衛、御用御楽器道具師・琴三味線師の柏屋因幡大掾藤原儀久、足袋・股引の三木屋平兵衛、蝋燭問屋大隅屋甚兵衛の名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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