日本歴史地名大系 「松下町二丁目北側代地」の解説 松下町二丁目北側代地まつしたちようにちようめきたがわだいち 東京都:千代田区旧神田区地区松下町二丁目北側代地[現在地名]千代田区外神田(そとかんだ)一丁目・同四丁目神田山本(かんだやまもと)町代地の北側に位置する片側町。東は松下(まつした)町三丁目北側代地・永富(ながとみ)町三丁目代地、西は武家地、北は豊前小倉藩小笠原家中屋敷。享保六年(一七二一)永富町二丁目からの出火で松下町一―三丁目すべてが類焼し、町内全域が火除地となった。このうち二丁目北側の分は、御成道東裏の旗本岩城但馬守邸跡地に代地が与えられた。里俗は新屋敷(しんやしき)と称した。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by