板屋野木渡(読み)いたやのきわたし

日本歴史地名大系 「板屋野木渡」の解説

板屋野木渡
いたやのきわたし

岩木川中流右岸の板屋野木村から対岸の青女子(あおなご)村(現弘前市)までの渡し。現在の俗称川端(かわばた)町の幡龍(ばんりゆう)橋のところにあった。

「平山日記」によれば、正保元年(一六四四)板屋野木村に町立てをした時、「同所船渡も切替申候」とあるので、これ以前にすでに渡しがあったことになる。貞享三年(一六八六)の板屋野木村屋敷帳(岩木川物語)に次のようにある。

<資料は省略されています>

文政二年(一八一九)の卯年書上之表(板柳町郷土史)には、「大川渉場 一ケ所 但シ馬舟一艘、外ニ耕作小舟四艘」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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