栗太庄(読み)くりたのしよう

日本歴史地名大系 「栗太庄」の解説

栗太庄
くりたのしよう

郡名を継承する庄園で、比定地は不明。遅くとも平安末期までに成立したとみられる。年未詳の近江守某書状(「民経記」寛喜三年一〇月巻裏文書)に比叡山実相じつそう院領としてみえ、承暦(一〇七七―八一)以来造内裏役などの諸役を勅免されてきたとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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