梶掛村(読み)かじかけむら

日本歴史地名大系 「梶掛村」の解説

梶掛村
かじかけむら

[現在地名]鹿野町乙亥正おつがせ

岡井おかい村の北、勝見かちみ谷口部の東山麓に位置する。北ははま(現気高町)。拝領高は一一三石余、本免は五ツ七分。藪役銀一匁三分五厘が課せられ(藩史)、和田氏の給地があった(給人所付帳)。「因幡志」では家数一一。安政五年(一八五八)の村々生高竈数取調帳によると生高一二九石余、竈数一四。元文五年(一七四〇)当村三郎左衛門ははい鷹(鷂)を捕り、差出したことによって褒美を遣わされている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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