植柳学区(読み)しよくりゆうがつく

日本歴史地名大系 「植柳学区」の解説

植柳学区
しよくりゆうがつく

およそ北は上魚棚かみうおのたな(現六条通)、南は七条通、東は新町しんまち通、西は大宮通にわたる旧学区。江戸時代は西本願寺の寺内町の一部。名称は明治二年(一八六九)の下大組一九番組から、下京二三区(明治五年)、下京二三組(同一二年)、下京第二三学区(同二五年)を経て昭和四年(一九二九)四月に植柳学区。同一七年に学区制が廃され、第二次世界大戦後は通学区も大きく変わったが、現在も地域の単位としてまとまっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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