歌津館跡(読み)うたつたてあと

日本歴史地名大系 「歌津館跡」の解説

歌津館跡
うたつたてあと

[現在地名]歌津町 館浜

伊里前いさとまえ南東約一・五キロ、たて崎とよばれる岬の丘陵上にある。臥牛がぎゆうヶ館・稲淵いなぶち館ともいう。「歌津村安永風土記」は館主を千葉刑部とする。「古城書立之覚」は馬籠四郎兵衛の居館とし、天正一四年(一五八六)本吉大膳と清水浜しずはま(現志津川町)館主の後継者問題を契機に争ったという。いずれにせよ中世後半期以降葛西氏配下にあり、葛西氏滅亡と同時に廃城となったと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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