正洞院跡(読み)しようどういんあと

日本歴史地名大系 「正洞院跡」の解説

正洞院跡
しようどういんあと

[現在地名]秋田市手形字大沢

広沢山と号し、曹洞宗であった。

初代藩主佐竹義宣夫人正洞院の墓は初め常陸太田おおた(現茨城県常陸太田市)にあったが、秋田転封後の慶長八年(一六〇三)手形小沢てがたおざわ(現大沢)に移し、一寺を建立。本寺は常州太田耕山寺。元禄一二年(一六九九)寺内観音堂が建てられ、寺領は二〇〇石であった(「六郡総諸寺院由緒」県立秋田図書館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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