正雲寺村(読み)しよううんじむら

日本歴史地名大系 「正雲寺村」の解説

正雲寺村
しよううんじむら

[現在地名]葛生町豊代(とよしろ)

秋山(あきやま)川中流左岸の段丘上にあり、東は小室(こむろ)村、西は田名網(たなあみ)村、南は葛生町、北は下仙波(しもせんば)村。村名は当地を開拓した修験者の号に由来すると伝える(古河志)。都賀(つが)郡に属し、慶安郷帳によれば田三二八石余・畑五石余・浮役三八石余、朽木稙綱領。元禄郷帳では幕府領、改革組合村では下総古河藩領、以後同藩領で幕末に至る(旧高旧領取調帳)。元和三年(一六一七)当時の本百姓一二・門屋百姓三(「日光御用割付」野城勝文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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