武井釜村(読み)たけいがまむら

日本歴史地名大系 「武井釜村」の解説

武井釜村
たけいがまむら

[現在地名]大野村武井釜

鹿島灘沿岸にあり、北は小志崎こしざき村、西は武井たけい村。寛永一〇年(一六三三)の鹿島郡中高改帳によれば、江戸初期は青塚あおつか村に含まれ、旗本岩瀬氏が支配した。その後、元禄期(一六八八―一七〇四)頃には自立したらしく元禄郷帳に村高六一石余とある。江戸時代を通じて地引網漁業が盛んで、縫右衛門地引と安重地引の二張が漁を競ったため水夫が不足し、上総・下総方面から多数の水夫が移住、浜は賑いをみせたといわれる(大野村史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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