水流町(読み)みずながれまち

日本歴史地名大系 「水流町」の解説

水流町
みずながれまち

[現在地名]彦根市京町きようまち三丁目・中央町ちゆうおうちよう

三筋みすじ町の南、外堀沿いにある。町名のとおりの東沿いに水路があったことに由来する。寛延二年(一七四九)の家並分限帳(彦根市史)では禄高三〇〇―一〇〇石の武士四人などが確認され、江戸後期には玉薬中間頭の北川氏、代官役の菅沼氏、内目付の岡野氏、祐筆頭の上林氏、弘道こうどう館手跡方の横田氏(禄高二〇〇石)、鷹役の水谷氏、馬役の伊藤氏などが住していた(井伊家役人帳など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 彦根市史 弘道

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む