日本歴史地名大系 「永太郎村」の解説 永太郎村ええたろうむら 愛知県:西加茂郡小原村永太郎村[現在地名]小原村永太郎田代(たしろ)川の中流域にあり、南北に瑞浪(みずなみ)道、東西に明智(あけち)・松名(まつな)・多治見(たじみ)の各道が通る。安永七年(一七七八)の村絵図(豊田市蔵)によれば、道と川が網目状に交差し北側に森が南側に堂が二ヵ所ある。集落は泊(とまり)・山吹(やまぶき)・寺洞(てらほら)・天王(てんのう)・宮口(みやくち)の五組に分れる。縄文時代の石棒、弥生時代の土器が出土している。字宮口の宮口古墳と字堤(つつみ)の堤古墳はともに円墳である。親貝渡(おやがいと)というカイト名が残る。字五輪洞(ごりんぼら)には五輪塔四基、字薬師(やくし)には基壇二基、笠二個、相輪一個、三河屋東には宝篋印塔二基が残る。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by