浜津村(読み)はまづむら

日本歴史地名大系 「浜津村」の解説

浜津村
はまづむら

[現在地名]小値賀町浜津郷はまづごう

小値賀島の西部、やなぎ村の西に位置し、北に浜崎はまさき鼻、南にたけ崎がある。近世初頭、豊臣秀吉の朝鮮半島への出兵に参加した際に用いたという具足一領が地内の近藤家に伝来する。天正年間(一五七三―九二)城南山明覚みようかく(現浄土真宗本願寺派)が開創された(五島編年史)。江戸時代は平戸藩領で、明暦二年(一六五六)の田方帳抜書に小値賀内として浜津免とある。元禄一二年(一六九九)の平戸領分郷村帳では小値賀村枝村として村名がみえ、高二三九石余でハマヅの訓を付す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む