海士坂村(読み)あまさかむら

日本歴史地名大系 「海士坂村」の解説

海士坂村
あまさかむら

[現在地名]上中町海士坂

鳥羽とば谷の最奥に位置し、鳥羽谷道で西方の峠を越えると田烏たがらす(現小浜市)田烏でとれた魚は鳥羽谷道を通り九里半くりはん越で京へ運ばれた。慶長三年(一五九八)一〇月の代官所物成目録(桑村家文書)に「鳥羽谷ノ内海士坂村」とあり、高五一八石余(定成一八二石余、うち大豆二七石)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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