源太左馬村(読み)げんたさまむら

日本歴史地名大系 「源太左馬村」の解説

源太左馬村
げんたさまむら

[現在地名]十文字町源太左馬

皆瀬みなせ川が雄物川に合流する北方にあり、東は植田うえだ村。「雪の出羽路」に「源田村は北に在り、左馬村は南に在り、南北村の間タ凡一里斗隔て二郷一村の邑ノ名呼也。二合一村の村はいと多けれど、かく遠方放れたるは希也」と記す。

享保一四年(一七二九)の平鹿郡御黒印吟味覚書(秋田県庁蔵)には、享保元年源太左馬開村、同一四年源太左馬村とあり「諸帳不出」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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