潤野村(読み)うるのむら

日本歴史地名大系 「潤野村」の解説

潤野村
うるのむら

[現在地名]飯塚市潤野

龍王りゆうおう山の東麓、明星寺みようじようじ川の中流に位置し、北は花瀬はなせ村・大日寺だいにちじ村、南は丘陵を挟んで小正おばさ(現穂波町)。保元元年(一一五六)粥田経遠は所領の「嘉摩・穂浪郡内合(屋)・平(恒)・潤野三箇村」を延勝えんしよう(現京都市左京区)に寄進している(宇佐大鏡)。建長二年(一二五〇)六月二日の藤原資経処分状案(勧修寺家文書/鎌倉遺文 補遺編三)には延勝寺領筑前国穂並ほなみ(穂浪)庄内潤野とあり、平安時代末期―鎌倉時代の当地は穂浪ほなみ(本家勧修寺家・領家延勝寺)の庄域に含まれていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む