日本歴史地名大系 「炭山村」の解説 炭山村すみやまむら 京都府:宇治市炭山村[現在地名]宇治市炭山〈乾谷(いぬいだに)・岩井谷(いわいだに)・大西(おおにし)・久田(ひさだ)・直谷(すぐだに)・底広(そこひろ)・滝(たき)ノ元(もと)・谷山(たにやま)・土井谷(どいだに)・堂(どう)ノ元(もと)・西(にし)ノ谷(たに)・吹越(ふきこし)・別所(べつしよ)・養老(ようろう)〉標高四五四メートルの醍醐(だいご)山(現京都市伏見区)から南流する志津(しづ)川の河谷に開けた小盆地集落で、北は現京都市、南は志津川村、東は西笠取(にしかさとり)・二尾(にのお)・池尾(いけのお)の各村と境し、西は宇治川東岸の木幡(こはた)・五ヶ庄(ごかのしよう)・三室(みむろ)の諸村に接する。「醍醐雑事記」にみえる治承三年(一一七九)の笠取西庄実検取帳に「勢美河大炭山論」とある。「勢美河大作人炭山延元」ともみえ、一二世紀後半には、すでに笠取西庄と同様に醍醐寺(現伏見区)膝下の杣所として存在していたことが推察される。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報