為心町(読み)いしんちよう

日本歴史地名大系 「為心町」の解説

為心町
いしんちよう

[現在地名]近江八幡市為心町元(いしんちようもと)・為心町中(いしんちようなか)・為心町上(いしんちようかみ)

魚屋町(うわいちよう)通の一筋東(東から数えて五筋目)の為心町通に沿う縦町で、両側町。北は大杉町(おおすぎちよう)通、南は上筋(かみすじ)町に画される。東は仲屋(すわい)町。北から順に為心町元・為心町中、為心町上(為心町末)の三町よりなる。永正九年(一五一二)九月日の藤原光吉大工職譲状(高木文書)にみえる「馬場村」は為心町元付近にあったと推定される。町名は城下町時代豊臣家に仕えた為心斎が居住していたことにちなむと伝える(八幡町史)。元禄期(一六八八―一七〇四)以降の畑屋敷高は為心町元が七石余、為心町中が八石余、為心町末が一三石余(「八幡町屋敷畑高覚帳」近江八幡市共有文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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