烏丸町(読み)からすまちよう

日本歴史地名大系 「烏丸町」の解説

烏丸町
からすまちよう

上京区一条千本西入

町の中央を東西に一条通が通る。

聚楽第完成後、豊臣秀吉は禁裏との間の地域を大名武家の屋敷町にしようと天正一九年(一五九一)正月、中立売組に属した六九町のうち現烏丸今出川からすまいまでがわ付近にあった烏丸町など九町を千本一条せんぼんいちじよう付近に移した(上下京町々古事明細記)。しかし、寛永一四年(一六三七)洛中絵図では町はみられず「北野土居松原」が町域の南にみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む