片岡・片岡庄(読み)かたおか・かたおかのしよう

日本歴史地名大系 「片岡・片岡庄」の解説

片岡・片岡庄
かたおか・かたおかのしよう

誉田町ほんだちよう地区の北東部に比定される。「峯相記」によれば、推古天皇の時代に播磨国にいかるが庄が立庄された際、同庄の山を「片岡」と名付けたという。平治元年(一一五九)七月三〇日の播磨国片岡庄夏畠内検帳(東大寺文書)に片岡御庄とみえ、畠一町三段二〇代で、所当麦一石(段別七升五合)の代りに紙一〇帖・在家麻五目・御菜鯛一〇隻を納めることになっており、庄司に桑原氏がみえる。嘉暦四年(一三二九)四月日の鵤庄絵図(法隆寺蔵)に鵤庄の北西部、一条から一二条の間の地に片岡・片岡庄と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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