猪之鼻村(読み)いのはなむら

日本歴史地名大系 「猪之鼻村」の解説

猪之鼻村
いのはなむら

[現在地名]高根村猪之鼻

西は鳥屋(とりや)峠を経て宮之前(みやのまえ)村(現朝日村)に至り、鳥屋峠の少し北の猪之鼻峠を野麦街道で越せば黍生谷(きびゆうだに)村(現同上)。東は同街道で中之宿(なかのしゆく)村に至る。猪之鼻川に沿う標高一〇〇〇メートルほどの位置にある小集落で、秋神(あきがみ)(現朝日村)の焼畑であったが、農民が小屋がけしているうちに定着したという。古くから野麦街道の救急避難小屋的役割を果した。猪之鼻峠は中之宿―寺付(てらづき)(現朝日村)間が整備されるにつれて機能を失い、今日では山仕事道として利用されるのみとなった(高根村史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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