田畑昇太郎(読み)タバタ ショウタロウ

20世紀日本人名事典 「田畑昇太郎」の解説

田畑 昇太郎
タバタ ショウタロウ

明治〜昭和期の柔道家(講道館10段)



生年
明治17(1884)年4月6日

没年
昭和25(1950)年5月25日

出生地
大阪

学歴〔年〕
京都法政大学専門部〔明治44年〕卒

経歴
明治33年講道館に入門して修業し、38年武徳会助教授に、45年武道専門学校教授になり、大正15年武徳会範士となり、昭和23年最高位の十段に昇進足車内股などを得意とし、9年天覧試合出場。21年の武徳会解散後は、京都府柔道連盟会長として活躍した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「田畑昇太郎」の解説

田畑昇太郎 たばた-しょうたろう

1884-1950 明治-昭和時代の柔道家。
明治17年4月6日生まれ。33年講道館に入門。大日本武徳会助教授をへて,45年同会武術専門学校教授。大正15年大日本武徳会範士。昭和9年三船久蔵と天覧試合に出場。23年講道館10段。京都府柔道連盟会長。昭和25年5月25日死去。66歳。大阪出身。京都法政大(現立命館大)卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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