甲智郷(読み)こうちごう

日本歴史地名大系 「甲智郷」の解説

甲智郷
こうちごう

和名抄」高山寺本には甲智とあるが訓を欠く。東急本には甲知とあり、「加久知」と訓を付す。長岡京跡出土木簡に「阿野郡川内郷」とあり、郷内に「延喜式」兵部省にみえる駅馬四を置いた南海道河内こうち駅が比定されるので、郷名は河内であろうか。応永一三年(一四〇六)成立の白峯寺縁起に、保元の乱後讃岐に配流となった崇徳上皇は、長寛二年(一一六四)没するまで「国苻甲知郷鼓岳」で過ごしたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む