コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

城山 きやま

18件 の用語解説(城山の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

城山
きやま

香川県中部,坂出市丸亀市の境界にある山。標高 462m。花崗岩上に凝灰岩類を挟んで讃岐岩質安山岩が覆うテーブル型の開析された溶岩台地朝鮮式山城の跡があり,北麓には国府跡や古墳群が分布。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

城山
しろやま

神奈川県北西部,相模原市中部の旧町域。相模川中流の両岸にまたがる。北部は関東山地,南部は丹沢山地の末端にあたる。 1955年川尻村,湘南村および三沢村の一部が合体して城山町が成立。 2007年相模原市に編入。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

城山
しろやま

鹿児島県中部,鹿児島市の中心市街地の北部にあるシラスでできた丘陵。標高 107m。 1877年西南戦争の激戦地となったところで,現在は公園になっている。山麓に島津家久の鶴丸城の堀と石垣が現存。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

城山
しろやま

薩摩琵琶の曲名。作詞勝海舟,作曲西幸吉。西の琵琶に感銘した勝が,西郷隆盛の死をいたんで作詞し,作曲を依頼。 1886年歌人の高崎正風邸で初演した。江戸城明渡しの際西郷と面談した勝と,西郷の私学校に学び西南の役に従軍した西の2人の作品だけに,深く鎮魂の情にあふれる傑作として伝えられる。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

しろ‐やま【城山】

鹿児島市西部にある丘陵。西南戦争の激戦地。西郷隆盛が自刃した地。

出典|小学館
デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

城山【しろやま】

鹿児島県鹿児島市街北部にある丘(天然記念物・史跡)。標高108m。1602年山麓に島津家久が館(鶴丸城)を築いた。1877年西南戦争の際には西郷隆盛軍が最後の根拠地とした。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

きやま【城山】

香川県坂出市と一部飯山町にかかる標高462mのメサ型溶岩台地。瀬戸内海国立公園に属し,山頂に残る朝鮮式山城の遺跡を中心として史跡に指定されている。また山頂平たん面を利用したゴルフ場は,瀬戸内海の眺望のよいことで知られる。この台地の東の山麓一帯はかつての讃岐国府所在地で,近年遺構の発掘が進められた。また崇徳上皇讃岐配流の地としても知られ,上皇終焉の地には鼓岡神社が建てられている。【坂口 良昭】

しろやま【城山】

鹿児島市街地の北部に突出するシラス台地の末端で,標高108m。クスノキの巨樹が多く,そのほか照葉樹類,シダ類など暖帯性植物の宝庫で,史跡および天然記念物に指定されている。島津氏18代家久が山麓に居を構え,以後薩摩藩77万石の城下町鹿児島の中心となってきた。しかし藩は外城制を敷いたため,〈城を城とせず,人を城とした〉建前の通り,ここには天守のない屋形造の居館がおかれた。明治になり,西南戦争の際は薩軍最後の拠点として激戦が行われ,西郷隆盛は山地背後の谷で自決した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

しろやま【城山】

鹿児島市の北部にある小高い丘。西南戦争の激戦地で、麓の岩崎谷は西郷隆盛が自刃した地。島津氏の鶴丸城趾がある。

出典|三省堂
大辞林 第三版について | 情報

日本の地名がわかる事典の解説

出典|講談社
日本の地名がわかる事典について | 情報 凡例

国指定史跡ガイドの解説

きやま【城山】


香川県坂出市西庄町・川津町・府中町、丸亀市飯山町にまたがる山城跡。城山は標高462m、坂出市の南東と丸亀市飯山町との境界上に盛りあがる溶岩台地である。663年(天智天皇2)の白村江(はくすきのえ)の戦いに敗れた朝廷は、朝鮮勢力の侵攻に備えて、九州北部から瀬戸内沿岸に山城を築いた。城山山頂一帯には、天智天皇の時代(7世紀後半)に屋島城や筑紫国大野城などとともに構築された朝鮮式山城と推定される遺構が残っており、1951年(昭和26)に国の史跡に指定された。山頂の平坦部はすべて城郭をなし、南北約2km、東西約1.5kmという大規模なものである。「車道(くるまみち)」と呼ばれる帯状の平坦地が2段あり、上の車道は頂から少し下がったところを3.4kmにわたって取り巻き、100mほど下方に下の車道がめぐっている。山中には「マナイタ石」と呼ばれる石造加工物や城門の大柱の礎石に使われた「ホロソ石」、水門のある石塁などの遺構が点在している。JR予讃線ほか鴨川駅から車で約15分。

しろやま【城山】


鹿児島県鹿児島市城山町の市街中心部に横たわる標高107mのシラスからなる丘陵。南北朝時代の豪族上山氏の居城跡で、その遺構として土塁が北西部に残っている。1601年(慶長6)、18代藩主島津家久が東側山麓に居館(鶴丸城)を造ったため、城山は麓も山頂も鶴丸城に組み込まれ、鶴丸城の背後を守る山城となった。明治になって1877年(明治10)の西南戦争では、敗走した薩軍が城山を確保して最後の抵抗を試みるが、政府の総攻撃を受け、西郷隆盛以下159人が戦死。城山は植物学上も貴重な所で、クスノキの大木をはじめ、典型的な照葉樹林を形成しており、林の中には特色のあるシダ類が自生。1931年(昭和6)に国の史跡、および天然記念物に指定された。現在は公園として整備され、クスノキ、シダ、サンゴジュなど600種以上の亜熱帯植物が自生し、遊歩道沿いに観察することができる。西南戦争最後の戦地として、西郷軍司令部の置かれた洞窟(通称、西郷洞窟)、西郷隆盛終焉の地など西南戦争関連の史跡も残る。JR九州新幹線ほか鹿児島中央駅から鹿児島市電「水族館口」下車、徒歩約10分。

出典|講談社
国指定史跡ガイドについて | 情報

世界大百科事典内の城山の言及

【坂出[市]】より

…479m)の坂出側には四国八十八ヵ所81番札所白峰寺と崇徳上皇の白峰陵がある。南部には城山(きやま)(463m)があり,県下最初のゴルフ場と城山城跡がある。南西端にある飯野山(422m)は讃岐富士とも称される美しい形のビュート(孤立丘)で,以上三つとも溶岩台地である。…

【伊江島】より

…南側の海岸は砂丘も見られ,港湾の施設があって対岸の本島の本部町との間に定期のフェリー船が通じ,観光客が多い。島の最高点は中央部東寄りの標高172mの城(ぐすく)山で,基盤の古生層チャートからなる。周囲の平たんな台地に塔状に屹立(きつりつ)するため一段とめだち,〈伊江島タッチュー〉と呼ばれ,眺望がよく航海の目標となる。…

※「城山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone

城山の関連情報