日本大百科全書(ニッポニカ) 「畑中太冲」の意味・わかりやすい解説
畑中太冲
はたなかたちゅう
(1734―1797)
江戸中・後期の儒学者、経世家。仙台藩士。名は盛雄、字(あざな)は冲卿、通称太平、号は太仲、多忠、荷沢。蒲生君平(がもうくんぺい)、林子平(はやししへい)らと交わる。傲岸(ごうがん)、奇行の人であったという。1783年(天明3)に著した『貨殖論』はこの時期の経世家に多くみられる論ではあるが、貨殖の重要性を説くとともに、高利貸、塩・米の藩専売を奨励するなど積極的な経済政策を展開している。その一方で政策の基本は倹約であると述べている点などは領主的な見方と変わりがない。『貨殖論』は「日本経済叢書(そうしょ)(1914~1917)」第11巻および「日本経済大典(1928~1930)」第17巻に、それぞれ収録されている。ほかに『源氏彙筆(いひつ)』『源氏彙言(いげん)』『法門類聚(るいじゅう)』などの著書がある。
[奈倉哲三 2016年6月20日]