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天明 てんめい

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

天明
てんめい

熊本県中部,熊本市の南西部,有明海に面する地区。旧町名。 1991年熊本市に編入。西部は江戸時代の干拓地。全域が低平な水田地帯で,米作,施設園芸のほか,沿岸ではノリ,川口地区ではアサリの養殖が盛ん。

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デジタル大辞泉の解説

てん‐めい【天明】

夜明け。明けがた。

てんめい【天明】[年号]

江戸中期、光格天皇の時の年号。1781年4月2日~1789年1月25日。

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百科事典マイペディアの解説

天明【てんみょう】

下野国安蘇(あそ)郡内にあり,現在の栃木県佐野市市街地の南西部にあたる。中世から近世にわたる宿駅。天命とも記され,《太平記》にはすでに天命宿の名がみえる。1617年駿河久能(くのう)山から日光山へ徳川家康の遺骸が移送された際には,その柩は上野館林から当地に来り惣宗(そうしゅう)寺に一泊したのち,栃木・鹿沼(かぬま)を経て日光へ運ばれた。

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[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクションの解説

てんめい【天明】

福島の日本酒。酒名は、日の出のように世に羽ばたいてほしいとの願いを込めて命名。蔵元夫婦が力を合わせて造る酒。純米大吟醸酒大吟醸酒純米吟醸酒、特別純米酒、純米酒がある。平成10~12、15年度全国新酒鑑評会で金賞受賞。原料米は山田錦、美山錦、亀の尾など。仕込み水は坂下(ばんげ)の地下水。蔵元の「曙酒造」は明治37年(1904)創業。所在地は河沼郡会津坂下町字戌亥乙。

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世界大百科事典 第2版の解説

てんみょう【天明】

下野国の中・近世の宿駅。現栃木県佐野市街の南西部分。天命とも書いた。特産物の天明鋳物は古くから知られ,〈東山時代,関東の天明釜をもって良とす〉(《和漢三才図会》)と,西の芦屋釜に対して高い評価をうけている。天明鋳物では湯釜,梵鐘,鰐口が名高く,現存最古の天明鋳物は元亨元年(1321)銘の梵鐘(安房日本寺)である。天明鋳物師(いもじ)が文献上明らかとなるのは15世紀に入ってからで,座的組織をもって活動していた。

てんめい【天明】

熊本県中央部,飽託(ほうたく)郡の旧町。1991年飽託郡の他の3町とともに熊本市へ編入。旧町域は南低地が広く,内陸部は緑川の沖積地,有明海沿岸部は干拓地である。農業では米麦作のほかプリンスメロンスイカなどの施設園芸が盛ん。漁業ではアサリ採取,ノリ養殖クルマエビ漁が行われる。不平士族の結社神風連と関係の深い新開大神宮がある。【松橋 公治】

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大辞林 第三版の解説

てんめい【天明】

明けがた。夜明け。黎明れいめい

てんめい【天明】

年号(1781.4.2~1789.1.25)。安永の後、寛政の前。光格天皇の代。

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日本の元号がわかる事典の解説

てんめい【天明】

日本の元号(年号)。江戸時代の1781年から1789年まで、光格(こうかく)天皇の代の元号。前元号は安永(あんえい)。次元号は寛政(かんせい)。1781年(安永10)4月2日改元。光格天皇の即位にともない行われた(代始改元)。『尚書(しょうしょ)』を出典とする命名。天明年間の江戸幕府の将軍は徳川家治(いえはる)(10代)、徳川家斉(いえなり)(11代)。後桃園(ごももぞの)天皇が1779年(安永8)に崩御した。後桃園には内親王しかいなかったため、親王家から光格天皇が後桃園の養子として迎えられ、即位した。1782年(天明2)から1788年(天明8)にかけて全国規模の飢饉(ききん)(天明の飢饉)が発生し、江戸や大坂で打ちこわしが起こった。1783年(天明3)には浅間山が噴火しておよそ2万人が死亡した。またこの噴火は飢饉の被害をさらに広げることになった。1786年(天明6)に将軍の徳川家治が50歳で急死し、翌年に15歳の徳川家斉が第11代将軍に就任した。家斉は将軍就任後に松平定信(さだのぶ)を老中首座に任命し、定信を中心に幕府財政の建て直しを図った。この政治は「寛政の改革」と呼ばれている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

天明
てんめい

熊本県中部、飽託(ほうたく)郡にあった旧町名(天明町(まち))。現在は熊本市の南西部を占める地域。1956年(昭和31)中緑(なかみどり)、銭塘(ぜんども)、内田、奥古閑(おくこが)、海路口(うじぐち)、川口の6村が合併して天明村を設置。1971年町制施行。1991年(平成3)熊本市に編入。旧町名は、天明年間(1781~1789)に開削され、町の大半を灌漑(かんがい)している天明新川(人工河川)にあやかった。旧町域は、すべて緑川の運んだ土砂の堆積(たいせき)地とその地先に造成された干拓地とからなる。堤防を除けば、海抜高度3メートル以上の所はなく、全面積の9割強が耕地で、そのほとんどが水田と施設園芸圃場(ほじょう)地(スイカ、メロン、ナス、トマト)である。また島原湾沿岸ではアサリ、ノリ、クルマエビなどの養殖も盛んで、季節には潮干狩の舞台にもなっている。中世の干拓地銭塘で師走(しわす)の初丑(はつうし)の日に行われた歳星宮(さいせいぐう)例祭は、干拓地造成当時に京都から下った公卿(くぎょう)一族の私祭が近世期に村落祭化したもので、「鍋墨(なべずみ)塗り付け祭」としても知られている。[山口守人]

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世界大百科事典内の天明の言及

【犬伏】より

…下野国(栃木県)安蘇郡,日光例幣使街道の宿場。西側の天明(てんみよう)宿との距離が1里3町(約4.2km)で比較的近く,人馬継立ては2宿で1宿並みの扱いであった。1764年(明和1)この街道も道中奉行の管轄になり,不足の人馬の提供を常時求める定助郷(じようすけごう)村が定められた。…

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