白菊町(読み)しらぎくちよう

日本歴史地名大系 「白菊町」の解説

白菊町
しらぎくちよう

[現在地名]金沢市白菊町

千日せんにち町の中間から南に通じる縦横数町の小路の両側町。明治五年(一八七二)家中町を編成替えして成立した。裏千日うらせんにち町の西にあり、西は裏五十人うらごじゆうにん町。町名は、江戸時代に前田平太夫の家中下屋敷地であり、同家の家紋菊一文字であったことによる(金沢古蹟志)。真宗大谷派の瑞泉ずいせん寺はもと上宮寺と称し、慶長八年(一六〇三)金沢かた町に移り、万治二年(一六五九)に御用地となったため現在地に代替地を与えられて移転した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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