百国町(読み)ひやつこくちよう

日本歴史地名大系 「百国町」の解説

百国町
ひやつこくちよう

[現在地名]西尾市大給おぎゆう

馬場ばば盛巌せいがん寺前より、矢場やば町通に至る東西に走る狭い通り筋。どの城主の頃か明確でないが、一〇〇石取の武士たちがこの通りに住んだところから起こった町名と思われる。北側に日蓮宗妙満みようまん寺が広い境内を占める。中級で一〇〇―一五〇石取の武士が住み、一屋敷一戸で整然としていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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