相瀬村(読み)あいせむら

日本歴史地名大系 「相瀬村」の解説

相瀬村
あいせむら

[現在地名]古座川町相瀬

立合たちあい村の北、古座川北岸に位置する。慶長検地高目録に「相ノ瀬村」とみえ、村高四〇石余、小物成八斗七升三合。古座組に属し、「続風土記」に家数一六、人数六一とあり、村内の社寺として矢倉やぐら明神森と普門ふもん(現曹洞宗普門寺)を記す。慶安三年(一六五〇)の古座組在々郷組之覚(古座町教育委員会保管)によれば、浦組制度による当村の動員体制は家数九、人数八、舟三(川舟)、鉄砲二であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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