石櫃城跡(読み)いしびつじようあと

日本歴史地名大系 「石櫃城跡」の解説

石櫃城跡
いしびつじようあと

[現在地名]小国町北里

北里小学校から囲(かこい)集落の北側背後に連なる山が城跡といわれる。北里大蔵大輔永義が築城し、そのとき石櫃が出たのでこの名があるという。「古城考」に「阿蘇家臣北里大蔵大輔永義在城す、先祖綿貫次郎左衛門妙義、寿永年中鎌倉より下向し、北里村涌蓋山の麓、桜尾城を築て居住す、爾来代々相続す、天文年中、妙義が末葉北里大蔵大輔、大宮司惟豊に仕へ、当城を築て在城し、豊後豊前口を藩衛す、其子三河守政義、其子左馬亮、亦三代在城し、天正十五年秀吉公征西の時に落去し、左馬亮は後に加藤家に仕へて当城は絶たり」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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