石王丸村(読み)いしおうまるむら

日本歴史地名大系 「石王丸村」の解説

石王丸村
いしおうまるむら

[現在地名]小矢部市石王丸

宇治新うじしん村の東、小矢部川右岸平地に立地。観応二年(一三五一)正月の得江石王丸代長野季光軍忠状(得江文書)みえる得江石王丸(能登吉見氏の麾下)が領したことからの村名という(三州志)。元和五年(一六一九)の家高新帳に「いしお丸」とみえ、役家数六、道明村組に属する。正保郷帳では高二七五石余、田方一三町一反余・畑方五町二反余、新田高二〇石、寛文一〇年(一六七〇)の村御印では草高三〇五石・免四ツ六歩(三箇国高物成帳)。所属組は坂又さかまた村に同じ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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