砂原屋敷(読み)すなはらやしき

日本歴史地名大系 「砂原屋敷」の解説

砂原屋敷
すなはらやしき

[現在地名]北区西天満にしてんま四丁目・同六丁目

南木幡みなみこはた町の西部をも含んで上方代官小堀屋敷があり、のちその一部が砂原屋敷とよばれた。文化三年(一八〇六)増修改正摂州大阪地図では、天満堀てんまほり川に架かる堀川橋を西に向かった道の南側の一区画に「砂原」とみえる。大坂三郷天満組に所属。付近は野畑で、元禄(一六八八―一七〇四)頃から町家が建っていくが、幕末に相撲場ができたりして遊所となったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 飢饉

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む