砂原屋敷(読み)すなはらやしき

日本歴史地名大系 「砂原屋敷」の解説

砂原屋敷
すなはらやしき

[現在地名]北区西天満(にしてんま)四丁目・同六丁目

南木幡(みなみこはた)町の西部をも含んで上方代官小堀屋敷があり、のちその一部が砂原屋敷とよばれた。文化三年(一八〇六)増修改正摂州大阪地図では、天満堀(てんまほり)川に架かる堀川橋を西に向かった道の南側の一区画に「砂原」とみえる。大坂三郷天満組に所属。付近は野畑で、元禄(一六八八―一七〇四)頃から町家が建っていくが、幕末に相撲場ができたりして遊所となったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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