祖国党(読み)そこくとう[トルコ]

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「祖国党」の意味・わかりやすい解説

祖国党[トルコ]
そこくとう[トルコ]
Anavatan Partisi

略称 ANAPトルコの中道右派政党。 1993年,民政移管のための総選挙に際し,トゥルグト・オザルが国家の市場への不介入,イスラム世界との連帯を掲げ創設した。同年 11月の総選挙では 212議席と過半数を獲得し,オザル党首が首相に就任した。 87年 11月の総選挙でも 292議席を得たオザル首相は 89年 10月に大統領となり,後任の首相にユルディルム・アクブルト国会議長が就任,さらに 91年6月にはメスート・ユルマズ外相が首相となる。しかし,同年 10月の総選挙では正道党に敗北しユルマズ政権は崩壊。続く 95年 12月総選挙では 132議席にとどまり第3党に後退した。第1党の福祉党が連立工作に失敗したため,翌 96年3月に正道党と連立してユルマズ政権を発足させるが内部対立で3ヵ月もたたずに崩壊。 97年6月には再度ユルマズ連立内閣が樹立されたが,ユルマズ首相の資産問題などから不信任決議が可決され,98年 11月にユルマズ首相は辞任した。

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世界大百科事典(旧版)内の祖国党の言及

【エジプト】より

…アフリカ大陸の北東隅,ナイル川第1急湍(たん)以北の約1200kmにわたる細長い流域地帯が本来のエジプトで,地形上幅8~25kmの河谷地帯(上エジプト)と河口のデルタ地帯(下エジプト)とからなる。古くよりガルビーヤ砂漠中のオアシス(シワSiwa,バフリーヤal‐Baḥrīya,ファラーフィラal‐Farāfira,ダーヒラal‐Dākhila,ハーリジャ(カルガ)al‐Khārija,Khargaの各オアシス),第1・第2急湍間の下ヌビア,紅海沿岸,シナイ半島を勢力圏とし,この地域は現在のエジプト・アラブ共和国にほぼ対応する。…

【トルコ共和国】より

… 83年11月6日,新憲法と新政党法(1983年4月23日発効)とにもとづいて総選挙が行われて,3年ぶりで軍事政権に終止符が打たれ,民政移管が実現された。選挙の結果,経済に明るいテクノクラート,オザルTurgut Özal(電気技師出身,元世界銀行顧問)の率いる祖国党Anavatan Partisiが,330議席中184議席を獲得して,人民主義者党(92議席),民族主義者民主党(54議席)を圧倒して単独で政権を獲得し,技師出身のテクノクラートを中心とした組閣(1983年12月14日)を行って,経済および技術開発による国内問題解決に当たる方針を明らかにした。この間83年11月16日に,北部キプロスのトルコ系住民は,〈北キプロス・トルコ共和国〉を宣言し,トルコはただちにこれを承認した。…

※「祖国党」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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