神楽町(読み)かぐらちよう

日本歴史地名大系 「神楽町」の解説

神楽町
かぐらちよう

昭和二九年(一九五四)から同四三年まで存続した町。昭和二九年一一月神楽村が神楽町と改称(市町村沿革台帳)。当時の戸口は二千六八九・人口一万四千五九二。国有林野一二五町(新開地区)を買入れる。同三〇年畑地灌漑事業が完工(総工費三千余万円)。同三一年私立旭川南高等学校が開校し、現神楽六条かぐらろくじよう一二丁目に本校舎の一部を建設。同三二年町内の国鉄富良野線に神楽岡かぐらおか西御料にしごりよう西瑞穂にしみずほ西聖和にしせいわの諸乗降場を設置。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

《「晋書」杜預伝から》竹が最初の一節を割るとあとは一気に割れるように、勢いが激しくてとどめがたいこと。「破竹の勢いで連戦連勝する」[類語]強い・強力・強大・無敵・最強・力強い・勝負強い・屈強・強豪・強...

破竹の勢いの用語解説を読む