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旭川 あさひがわ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

旭川
あさひがわ

岡山県中部を南流する川。県内三大河川の一つ。中国山地蒜山(ひるぜん)の南斜面に源を発し,南流して児島湾に注ぐ。全長 142km。おもな支流は新庄川,目木川(めきがわ),備中川,誕生寺川(たんじょうじがわ),宇甘川(うかいがわ)。近世には,沿岸の米や薪炭などを岡山へ運ぶ河川交通が盛んで,勝山まで高瀬舟が遡航し,落合福渡など多くの河港があった。JR津山線,姫新線の一部が旭川水系の河谷を走る。岡山平野では祇園用水,管掛用水,西川用水など多くの用水路を通じて灌漑に利用されてきた。水力発電と洪水予防,利水(農業用水,上水道,工業用水)のための多目的ダムとして,中国山地に湯原ダム,吉備高原に旭川ダムが建設され,湯原湖,旭川湖の二つの人造湖がある。岡山市中区竹田で分岐する百間川(ひゃっけんがわ)は熊沢蕃山の設計で岡山藩が元禄年間(1688~1704)につくった放水路として有名。

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デジタル大辞泉の解説

あさひかわ〔あさひかは〕【旭川】

北海道中央部、上川盆地にある市。上川総合振興局所在地。屯田兵により開拓された道央道北の交通の中心地パルプ木材醸造などの工業が盛ん。人口34.7万。
[補説]市内を流れる忠別川は、もとアイヌ語で「チウ‐ペッ」(波の川)または「チュク‐ペッ」(秋の川)だったのを「チュプ‐ペッ」(太陽の川)と解し、旭川と訳した。

あさひ‐がわ〔‐がは〕【旭川】

岡山県中部を南流する川。蒜山(ひるぜん)に源を発し、岡山市東部で児島(こじま)湾に注ぐ。長さ142キロ。

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百科事典マイペディアの解説

旭川【あさひがわ】

岡山県北部の蒜山(ひるぜん)に発し,県中央部を南流,下流部で岡山市街を貫流して児島湾に注ぐ川。長さ142km,流域面積1810km2。中流部は吉備高原に深い谷を刻み,下流に岡山平野をつくる。
→関連項目岡山[県]岡山平野落合[町]勝山[町]北[区]久世[町]建部[町]中[区]御津[町]南[区]湯原[町]

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デジタル大辞泉プラスの解説

旭川

岡山県岡山市の名物菓子。餅米粉と和三盆原料にした紅・白・青の三層の落雁

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世界大百科事典 第2版の解説

あさひがわ【旭川】

岡山県のほぼ中央を南北に流れる川で,県の三大河川の一つ。鳥取県境の蒜山(ひるぜん)高原に源を発し,鉄山(かなやま),新庄,誕生寺,宇甘(うかい)など大小132の支流を合わせて県中央部を南下し,岡山市を通過して児島湾に注ぐ。幹川流路延長142km。全流域面積1800km2。中国山地と吉備高原の間に勝山,久世,落合の諸盆地を形成し,吉備高原横断部分ではV字谷を作り,岡山市玉柏(たまがし)付近からは岡山平野を形成している。

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大辞林 第三版の解説

あさひかわ【旭川】

北海道中部の市。上川支庁所在地。鉄道交通の要地で、道央の中心地として発達。市街は典型的な直交街路。パルプ・製材・酒造業などが盛ん。

あさひがわ【旭川】

岡山県中部を流れる川。蒜山ひるぜんに発し、岡山市で児島湾に注ぐ。中流に勝山盆地、下流に岡山平野を形成。長さ142キロメートル。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔岡山県〕旭川(あさひがわ)


岡山県中部を流れる川。1級河川(旭川水系)。延長142km。流域面積1810km2。高梁(たかはし)川・吉井(よしい)川とともに同県3大河川の一つ。鳥取県境の蒜山(ひるぜん)南麓(なんろく)に源を発し、南流して新庄(しんじょう)川・備中(びっちゅう)川・宇甘(うかい)川など大小の支流を合わせ、岡山市街地南方で児島(こじま)湾に注ぐ。江戸時代から明治末期まで、高瀬舟水運が盛んに行われた。上流の湯原(ゆばら)ダム、中流の旭川ダムは灌漑(かんがい)・発電など多目的に利用される。岡山市街地以南から河口までは1965年(昭和40)ごろまで小豆(しょうど)島ほかを結ぶ瀬戸内海航路の木造貨客船が航行した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

旭川
あさひがわ

岡山県三大河川の一つ。蒜山(ひるぜん)高原に源を発し、多くの支流をあわせつつ県中央部を南下し、岡山市を通過して児島(こじま)湾に注ぐ。一級河川。延長142キロメートル。流域面積1810平方キロメートル。中国山地と吉備(きび)高原の間では勝山、久世(くせ)、落合の諸盆地を形成し、吉備高原では深い谷を刻み、下流では岡山平野を形成する。上流部で長期間砂鉄採取が行われたため、下流に大量の土砂が堆積(たいせき)し、近世以降、広大な干拓地が造成された。近世初期に落合から、のちには美作(みまさか)高田(現勝山)から岡山まで高瀬舟が通じ、物資輸送に重要な役割を果たした。当時の川湊(みなと)には、勝山、旦土(たんど)、西川、福渡(ふくわたり)、金川があり、木材の筏(いかだ)流しも行われた。岡山平野では流路は幾度か変遷し、岡山市北区の県営総合グランド内の津島遺跡のように初期稲作の跡もある。岡山に城下町が形成されると、河道は固定され、中州(なかす)には特別名勝の後楽園が造営された。1654年(承応3)に大洪水があり、熊沢蕃山(くまざわばんざん)の案により津田永忠が1669~1670年(寛文9~10)に百間(ひゃっけん)川を建設した。これは、わが国でも初期の放水路で、岡山の市街地の上流で荒手堤を越えて分流し、操(みさお)山東側から南流して児島湾に注ぐ長さ12.9キロメートル、幅200~300メートルの水路である。
 現在では旭川の水は灌漑(かんがい)、工業および都市の用水、電力資源として用いられており、中流には県営旭川ダム、上流には中国電力湯原ダムがある。[由比浜省吾]

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世界大百科事典内の旭川の言及

【鹿田荘】より

…〈しかたのしょう〉とも読む。旭川河口付近の肥沃な沖積平野を占め,早くから荘園化していたらしく,817年(弘仁8)藤原冬嗣は興福寺南円堂法華会料72石余に当荘地子をあて,900年(昌泰3)には長講会料に当荘地子米50石をあて,また藤原氏の氏神大原野神社の二季祭饗にも986年(寛和2)以前から当荘の年貢米があてられていた。986年備前守藤原理兼は当荘下司下野守貞と争い,数百の兵を集めて荘内に乱入し下司らの居宅ほか300余軒を破却放火して家財を奪った。…

※「旭川」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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