秦大炬(読み)はたの おおい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「秦大炬」の解説

秦大炬 はたの-おおい

?-? 奈良時代農民
播磨(はりま)(兵庫県)の人。「平安遺文」によれば,天平勝宝(てんぴょうしょうほう)5-7年(753-755)播磨守大伴犬養(おおともの-いぬかい)が選定した赤穂郡坂越(さこし),神戸両郷の大墾生(はぶ)内の山と葦原墾田を管理した。塩堤づくりに失敗し,この地をしりぞいたあとの延暦(えんりゃく)7年(788)東大寺・大伴家間で山境争いがおこったという。名は火炬(たいまつ)とも。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む