竹ヶ花町(読み)たけがはなちよう

日本歴史地名大系 「竹ヶ花町」の解説

竹ヶ花町
たけがはなちよう

[現在地名]武生市若松わかまつ町・もと

善光寺ぜんこうじ町西方の南裏側町。寛永二年(一六二五)の浅井永記録に「竹ケ鼻町三十軒」と記すが(南条郡誌)、安永三年(一七七四)の前田家文書では「竹が花」とし、家数一八四(武生市史)と六倍に増加している。当町にあった時宗福正ふくしよう(廃寺)清浄光しようじようこう(現神奈川県藤沢市)末寺で、正応三年(一二九〇)本山二世真教の創建と伝える(南条郡誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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