篠ヶ谷村(読み)しのがやむら

日本歴史地名大系 「篠ヶ谷村」の解説

篠ヶ谷村
しのがやむら

[現在地名]浅羽町浅羽

柴(しば)村の北東に位置する。天文八年(一五三九)一〇月一日付で今川義元が三浦弥次郎に安堵した柴小次郎屋敷分などとともに「篠谷」がみえる。翌年八月一日付で三浦弥次郎および諸給主中に宛てられた二通の朱印状では、浅羽庄上村・柴などとともに篠谷も今川氏による検地を受けており、隠田などの不法が厳しく禁じられている(「今川義元朱印状写」三浦文書)。正保郷帳に村名がみえ、横須賀藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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