米光村(読み)よねみつむら

日本歴史地名大系 「米光村」の解説

米光村
よねみつむら

[現在地名]新南陽市大字米光

島地(しまじ)川の両岸の小平野、およびその南の山地を村域とする村で、島地川支流の大谷(おおだに)川沿いにも集落が点在する。北東は垰(たお)村、北は上(かみ)村(現佐波郡徳地町)。萩藩領で徳地宰判に属する。

西隣の馬神(うまがみ)村と同様、古くは佐波(さば)郡上徳地(かみとくじ)のうちに含まれていたと思われる。

「地下上申」元文二年(一七三七)上申分では独立村とされ、総高一千四二四石余(田数五一町余、畠数四二町余)、家数二〇六、人口五三五とあり、庄屋一人、畔頭三人がいた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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