粟賀加納(読み)あわがかのう

日本歴史地名大系 「粟賀加納」の解説

粟賀加納
あわがかのう

永享一二年(一四四〇)八月二八日の伏見宮家領目録案(榎戸文書)に伏見宮貞成親王の所領がみえ、播磨国衙別納一〇ヵ所のうちとして「粟賀加納三百余疋、田向三位」とある。田向三位は貞成親王の近臣田向経良(経兼)で、粟賀加納を俸禄として知行していた。文安三年(一四四六)八月二七日、貞成は相伝の所領を式部卿貞常親王に譲与したが、そのなかに粟賀加納がある(「伏見宮貞成譲状案」伏見宮家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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