改訂新版 世界大百科事典 「紅夷外科宗伝」の意味・わかりやすい解説
紅夷外科宗伝 (こういげかそうでん)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…将軍綱吉や筑前黒田侯からの招きにも応ぜず在野の医業をつらぬいた。著書にフランス人A.パレの外科書の蘭訳本(1649)をもとに蘭館医ホフマンほかから学んだ知識を加えて編述した《紅夷外科宗伝》がある。【宗田 一】。…
…彼は博愛心に富み,経験を重んじ,謙虚で,〈われは処置し,神はいやしたもう〉の名言をのこした。解剖学,伝染病論,産科学などにも及ぶその業績の集大成《パレ全集》は75年の初版以来10版を重ね,一部が蘭学時代に楢林鎮山(ならばやしちんざん)によって抜粋され,《紅夷外科宗伝》としてまとめられた。【古川 明】【二宮 敬】。…
※「紅夷外科宗伝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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