綣村保(読み)へそむらほ

日本歴史地名大系 「綣村保」の解説

綣村保
へそむらほ

現綣に比定される。寛喜元年(一二二九)八月一一日の後堀河天皇宣旨(門葉記)に保名がみえ、坂本日吉社二宮の二季講用途を負担した。領主権は本領主友兼から長尋僧都へ譲与されたあと弟子経全に渡り、経全から仁慶僧正へと相伝、寛喜年間には十楽じゆうらく(青蓮院三院家の一)の二品尊性親王の所領となっている。しかし以降の経緯は未詳。応安七年(一三七四)の明王院領仏事用途廻文(葛川明王院文書)には「綣村」とあるように南北朝期以降は保としての名称はみられない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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