腋上間丘(読み)わきがみのほほまのおか

日本歴史地名大系 「腋上間丘」の解説

腋上間丘
わきがみのほほまのおか

日本書紀」神武天皇三一年四月一日条に、

<資料は省略されています>

とある間丘について「西国名所図会」は「街道ノ左寺田村ノ北四丁余リニアリ」と記すが、これは本馬ほんま(一四二・八メートル)にあたる。本馬山は北半に十数基の古墳があり、青銅変形文鏡・金環・鉄鍬などを出土、また火葬墳墓からは饒益神宝を検出するが、大和平野を一望しうる独立丘陵で、南麓の大字柏原かしはら神武天皇じんむてんのう社・間神社が鎮座

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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