舳松口之町(読み)へのまつくちのちよう

日本歴史地名大系 「舳松口之町」の解説

舳松口之町
へのまつくちのちよう

[現在地名]堺市少林寺しようりんじひがし一―二丁

少林寺町の東、山口やまのくち筋とその一筋東の十間じゆつけん筋を挟む両側町。舳松町の南に位置。元禄二年(一六八九)堺大絵図に「舳松口之町」とみえ、山口筋二七筆・十間筋二八筆からなり、町会所は十間筋西頬中央にあり、同筋東頬南端には南端郷惣会所があった。また町会所の南二筆目には踞尾つくのお村庄屋北村六右衛門掛屋敷、斜め向いには紅谷こうこく庵を建てた紅屋喜兵衛家があった。同六年以前の四辻制では南端郷本町分(同八年堺手鑑)、南北二組制以降は南組山之口筋分に属した(堺市史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む