若埜神社(読み)わかのじんじや

日本歴史地名大系 「若埜神社」の解説

若埜神社
わかのじんじや

[現在地名]黒部市若栗

旧村社。縁起によれば、当地は昔村名を八社(はつしや)と称し八体の神を祀っていた。天慶年間(九三八―九四七)黒部川の大洪水で全村水浸しとなり、八社のうち三社の神殿が流失。残る五体の神殿を大越(おおごし)山に建立し、若埜神社と改称。天文一八年(一五四九)長尾景虎(上杉謙信)の兵火にあい若栗城は落城し、大越山の社殿も破壊されたという。わずかに神体だけを守り、以来小祠に祀ってきたが、正徳年間(一七一一―一六)村内の人々の便宜を図るため、大越山の五体の神々を現在地に社殿を造って遷座し、五社太神と称した(越中古文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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