茶畑原村(読み)ちやばたはらむら

日本歴史地名大系 「茶畑原村」の解説

茶畑原村
ちやばたはらむら

[現在地名]名和町押平おしなら

押平村の北東阿弥陀あみだ川右岸の台地上に位置する。北は古御堂こみどう村。拝領高二〇八石余、本免四ツ。給人所付帳によると岩越氏の給地。竹運上銀一〇匁七分が課せられていた(藩史)。宝永七年(一七一〇)の汗入郡郷庄人家等改(名和町誌)によれば、家数二〇、男六七・女六八、牛七・馬一。天保三年(一八三二)の山林反別は四反余(藩史)幕末の六郡郷村生高竈付では生高二二七石余、竈数二〇。文化六年(一八〇九)当村所有の山と東谷ひがしだに村所在の御立山を交換し、畑作を行いたいと願出て許可された(在方諸事控)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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