蓑道村(読み)みのみちむら

日本歴史地名大系 「蓑道村」の解説

蓑道村
みのみちむら

[現在地名]大野市蓑道

旅塚(たびづか)川支流の湯(ゆ)の谷(たに)川流域にあって、経(きよう)ヶ岳泥流の堆積地。北は橋爪(はしづめ)村、南は落合(おちあい)村。村名は慶長六年(一六〇一)六月五日の不動堂・松丸両村入会山境出入取扱証文写(松丸区有文書)に「見の道村」とみえる。正保郷帳によれば田方一九八石余・畠方九七石余。初め福井藩領、寛永元年(一六二四)木本藩領、同一二年再び福井藩領、貞享三年(一六八六)幕府領、元禄四年(一六九一)以降勝山藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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