藤原定長(読み)ふじわらの さだなが

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤原定長」の解説

藤原定長(1) ふじわらの-さだなが

1149-1195 平安後期-鎌倉時代公卿(くぎょう)。
久安5年生まれ。藤原光房の子。母は藤原為忠の娘。文治(ぶんじ)5年(1189)参議となり,造東大寺長官,左大弁などをかねる。正三位にいたる。後白河上皇近臣で,兄経房,光長とともに実務官僚として活躍した。建久6年11月11日死去。47歳。日記に「山丞(さんじょう)記」。

藤原定長(2) ふじわらの-さだなが

寂蓮(じゃくれん)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

関連語 寂蓮

世界大百科事典(旧版)内の藤原定長の言及

【寂蓮】より

…鎌倉初期の歌僧。俗名藤原定長。叔父俊成の養子となり,従五位下中務少輔に昇るが,俊成の実子誕生を機に30歳代で出家し,歌道に精進。…

※「藤原定長」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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